ボンヘイのストーリー 

世界的観光地、カンボジア・シェムリアップ。2009年11月、アンコール遺跡で有名なこの街の片隅でボンヘイ少年(8歳)に出会った。一見、他の子供たちと特に変わりがないボンヘイは、実はHIVに感染している。

HIV・エイズの問題はカンボジアが直面している深刻な社会問題の一つだ。1991年にカンボジアで初めてHIV感染者が発見されて以降、貧困や知識不足などが重なりエイズの発症者数が急速に増加した。近年は政府や国際機関、地元のNGOなどによる取り組みで状況は改善され、1997年にはHIV感染率が全人口の3%だったのが、現在は1%以下にまで減少した。しかし、その一方で母子感染によるHIV感染者数は年々増え続けている。WHO(世界保健機関)は、カンボジアで生まれる子どもの数は年間約46万人、HIVに感染している妊婦数は約1万人、その中で母子感染して生まれてくる子どもは年間約2500~4000人と発表している。

ボンヘイも母子感染でHIVに感染した。それだけではなく、生まれた時から耳が聞こえず、ことばが話せず、さらに左目の視力も失っている。コミュニケーション手段が限られたボンヘイはエイズの存在も、自身がHIVに感染していることも知らずに、30歳になる母親と、祖母の3人で6帖ほどの高床式の小さな住居で生活している。

ボンヘイは毎朝6時には起床する。エイズの発症を抑える抗レトロウィルス薬(ARV)を毎日2回、朝7時と夕方5時に飲んでいるが、薬が何のためのものかも分からずに服用している。現在、HIV感染症を完治することはできない。しかし、抗レトロウィルス薬を定期的に継続的に飲むことで、免疫力の低下を防ぎ、エイズの発症を抑えることが出来る。ボンヘイは耳の聞こえない子どもたちのための、ろう学校に通っているが、学校で教えている手話を覚えられていないようだった。家にいるときには大好きな犬と遊んだり、寄付で貰ったテレビでアニメを見るのを楽しんでいた。ボンヘイが周りの世界との繋がりを感じることが出来る方法は直接肌で触れ合うこと。興味を持ったモノには実際に手で触り、感触を覚える。感情を表現することが出来る唯一の方法である表情はとても豊かだ。かつてマッサージ師として働いていた母親は2008年にエイズを発症したために、今は仕事が出来ない。夫とも2005年に離婚していた。そのためボンヘイのおばあさんが洗濯の仕事などをして1日に1ドルを稼ぎ、一家を支えていた。

ボンヘイの主治医によるとHIVウィルスはボンヘイの脳神経に影響を与え、過剰行動や注意散漫などの副作用が表れ始めているという。
母親は、「息子が15歳になったら、HIVの事実を打ち明けたい。しかし、どう伝えれば理解してもらえるか」と不安を漏らしていた。手話も出来ずに、字も読めず、身振りや表情での限られた意思疎通の中で、どのようにしてHIVやエイズについての正確な知識をボンヘイに伝えていくのか。現在、聾唖(ろうあ)のHIV感染者に関する研究は世界的にもほとんど進んでいない。
2011年2年ぶりにボンヘイを訪ねると、ボンヘイの母親は既に亡くなっていた。ボンヘイは母親の死をまだ理解していないようだった。ボンヘイはもう学校には通っていない。繁華街などで落ちている空き缶を集める仕事をするようになっていた。2年前、ボンヘイは学校に行くのを嫌がり、泣きわめきながら無理やりおばあさんに自転車の後ろに乗せられて学校に連れて行ってもらっていた。2年後には一人で自転車に乗って、夜遅くまで缶を集める作業をしながら、おばあさんとの暮らしを支えるようになっていた。ボンヘイは今もHIVに感染していることを知らずに生きている。しかし、やがてはこの現実に一人で向き合って生きていかなければならない時がくる。

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