失われたロマの町 ドルゴン家の夏

 東西文明が交錯する街、トルコ・イスタンブール。この大都市の片隅に世界最古のロマ(移動性民族)の入植地「スルクレ」地区がある。一説では、インダス河流域から流浪の旅に出たロマが、この土地にやってきたのは、約1000年前。オスマン帝国時代には宮殿に仕えるロマの音楽家や舞踏家たちが芸を磨く場所だった。1985年にはスルクレの一部がユネスコ世界遺産「イスタンブール歴史地域」に登録された。

 2006年「都市再開発計画」のために、スルクレのロマの住居が次々と取り壊され、ここに暮らす3000人以上のロマが故郷を追われた。

 2010年、立ち退きを余儀なくされたロマの一家に出会った。 スルクレ近くの小さなアパートに暮らす父親のアリさんは、先祖から引き継いできたロマ音楽の演奏家だったが、仕事を失い商売道具の楽器も手放した。居間で家族9人が雑魚寝をする狭い空間。家庭内の空気が張りつめていた。「スルクレの文化も歴史もすべて失われていくんだ」。 アリさんの弟のマスン・ドルゴン一家は取り壊しを逃れ、築300年以上の木造の家に暮らしていた。自宅前には瓦礫が広がっていた。ゆっくりと営まれるロマの素朴な日常の中でも、彼らの心は計り知れない怒りや悲しみで不安定だった。

 2014年、再びスルクレを訪れた。4年前、何とか立ち退きを逃れていたマスンさんの自宅も壊され、あたり一帯には富裕層を対象にした近代的な住居が一面に広がっていた。アリさんもマスンさん一家の姿もなかった。何世紀にも渡り、ロマ音楽やベリーダンスが継承され賑わったスルクレの面影はもうない。

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